その140 上田城跡公園陸上競技場

上田城陸上競技場 上田市陸上競技場 上田城 アクセス

 

ポイント🌞

  • 広大な堀の跡
  • 隣の野球場も堀の跡
  • 百間堀も復元すべし

巨大な堀が無残な姿に

 

かの徳川家の大軍を2度も退けた天下の名城、上田城。

38,000もの軍勢を率い、関ヶ原に向かう徳川秀忠(家康の三男・後の第二代将軍)を真田昌幸と信繁親子が、わずか2,000足らずの軍勢で足止めした「第二次上田合戦」はよく知られています。

1583年、真田昌幸によって創築された上田城は、関ヶ原の戦い後に徹底的に破壊されました。徳川からしてみれば、親子二代に渡って煮え湯を飲まされた城なわけですから当然でしょう。

その後、江戸時代に仙谷氏により再建されましたが、明治に入り廃城となったため民間に売却されてしまいました。

廃墟になりかけた上田城ですが、城を愛する市民の熱意により、往年の姿が蘇りつつあります。

 

上田城 復元 復興 復活

1994年に復元された本丸東虎口櫓門。

 

真田石 上田城 見どころ 上田観光の目玉 上田城跡公園

櫓門の脇の巨石は「真田石」。

大きな石には、屈強な印象や権威をアピールする目的があったようです。

実はこの石、本当は仙谷氏による再建時の石垣なので、真田氏は関係ありません。それでも真田石と名付けてしまうところに、上田の方々の深い真田愛を感じます。

 

上田城 千曲川 駐車場 合戦 アクセス

下から見上げると城の堅牢さがよく分かります。

城は攻めるものではなく、守るもの。アウェイで奪ったゴールをホームで守る。サッカーのアウェイゴールルールに共通する部分があるような無いような…

そんなアウェイゴールルールも廃止の流れが進んでいるようで、少し寂しくなります。

 

上田城 城跡 野球場 いらない

城の北側には、かつて「百間掘」と呼ばれたとても広い外堀がありました。

ところが現在そこにあるのは野球場と陸上競技場…

この2つの施設は1928年に造られたようです。

 

上田城 陸上競技場 いらない 復元

上田城 陸上競技場 いらない アクセス 駐車場

この百間堀は、真田氏の時代のものを利用していたと推定されるだけに、見るに堪えない姿になってしまったことが本当に残念です。

「城=天守」というイメージが強いですが、城の最大の魅力は、地形と郭を上手く組み合わせた全体性にあります。

正面から見ると見事な佇まいの上田城ですが、裏側に回り込むと見るも無残な姿を曝け出しています。